016 綾瀬・女子高生コンクリ詰め殺人 少年4名・その他

(被害者・関係者は仮名、敬称一部略)

事件概要
 1988年11月25日、高校3年生のJさん(17歳)が少年グループに拉致・監禁された。少年らは監禁したJさんに暴行・凌辱の限りをつくし殺害。 遺体をドラム缶に入れコンクリート詰めにし、海浜公園に投機した。この事件は、1988年2月の名古屋アベック殺人事件と 双璧をなす凶悪少年犯罪である。

本人歴
A (事件当時18歳)(主犯)
 東京都足立区綾瀬に両親と妹の4人暮らし。父親は証券会社勤務、母親はピアノ講師をしており共に多忙で Aは両親の愛情に恵まれずに育った。小学生の頃から数多くの問題行動を起こしていたが、中学時代に柔道に 打ち込み一時更生。推薦で都内の私立大学付属高校に進学するが、強すぎたために先輩のイジメにあう。その 鬱憤晴らしに、Aは外ではツッパリやオヤジを殴り、家庭では母親に全身打撲を負わせるほどの暴行を行った。 結果、家庭が崩壊し1年の3学期に高校を退学。退学後は、タイル工として働いていたが、ひったくりを繰り返し シンナー常習者となり、ヤクザとも付き合うようになった。

B (事件当時17歳)
 グループのサブリーダ的存在。小学校3年生の時に両親が離婚。その後は水商売をしている母親に育てられる。 Aは中学の1年先輩で、私立高校に進学するが1年の2学期に退学。以後は配管工などの職を転々とする。

C (事件当時16歳)
 診療所の事務長である父と、看護師の母、兄との4人家族。Aは中学の2年先輩で、Cの兄はBと中学の同級生である。 工業高校に進むが、3か月で中退。このころから不良仲間と付き合うようになる。JさんはCの部屋に41日間監禁されていた。

D (事件当時17歳)
 5歳のときに両親が離婚。美容師の母親に育てられる。父親は後に事故死している。工業高校に進学するが1年で中退。 1つ年上の姉がAの恋人であった為、自然とグループに入ることとなった。


事件
 1988年11月25日の午後8時過ぎ、ひったくりを行い埼玉県三郷市をバイクで走行していたAとCは、アルバイトを終え 自転車で自宅に帰る途中のJさんを見かけると、AがCに「あの女、蹴れ。あとはうまくやるから」と命じた。Cは 言われた通りに、バイクでJさんに近づき、Jさんを蹴った。Jさんはバランスを崩し、自転車に乗ったまま側溝に 落ちた。そこへ、Aが近づき「あいつはどうしようもない札付きだ。危ないから送って行ってあげる」と言って近づいた。 しかし、近くの倉庫内にJさんを連れ込んだAは態度を一変させ、「俺はヤクザだ。命だけは助けてやるから、俺にセックスさせろ」 と脅し、ホテルに連れこみ強姦した。
 その後Aは、夜10時頃帰宅していたCに電話をかけ、C宅にいたB、Dを含めて3人を呼び出した。その後4人の 少年は午前1時ごろ、Jさんを足立区綾瀬にあるCの家に連れんだ。Cの部屋は5畳ほどの洋間で、Aは次々に輪姦させた。

 Jさんはこの日から41日間、Cの部屋に監禁され、連日性的陵辱が繰り返された。暴行によりJさんが気を失うと、バケツの 水をかけ犯すということもあった。また、暴行に関わったのは主犯の4人だけではなく10人近くいた。 Cの家は普段から両親の帰宅が遅いこともあって少年達のたまり場となっており、Jさんが監禁されている事をしっていた少年は もっと多く数十人はいた。
 Jさんには常に誰かを見張りにつけ、また11月30日〜12月2日にかけて、Aたちは、Jさんに実家に電話をかけさせ、 「家出しているから、捜索願は取り消して欲しい」 と言わせた。この頃Cの母親はJさんの顔を見ているが、Cにすぐ帰しなさいといっただけである。後に母親は「家出してきた 不良友達と思っていた」と語っているが、連日暴行を受け、 風呂にも入っていないJさんを見て不審には思わなかったのであろうか。

 12月2日、Jさんは少年らが昼寝をしている隙に2階から1階に降り、110番に電話をしている。しかしすぐにAに気付かれてしまった。 AとBはこのことをきっかけにJさんに手荒いリンチを加えるようになった。殴る、蹴る、手足の甲にライターの火を押し付ける。 また、シンナーを吸わせたり、ウィスキーや焼酎を飲ませ楽しんだ。

 12月中旬。小便で布団が濡れた事を理由にBとCがJさんを殴打。果てしない殴打によりJさんの顔ははれ上がり、凹凸のない 別人の顔となった。

 また、暴行のエスカレートに比例し、Jさんへの食事もおざなりとなっていった。Jさんの食事は主にCの兄(当時17歳)の役目で あったが、監禁当初は出前を取ることもあったが、12月末には、1日に牛乳一本、たまにパンを一枚与える程度になっていた。トイレにも 行かせず、飲料用のコップに排尿をさせ、その尿を飲ませられたりもした。

 Jさんはリンチによる足の火傷が化膿して動けなくなり、悪臭もひどくなった。少年らはそんな状態になったJさんを、 持て余すようになった。解放すると警察に知られるので、いっそ死んでくれればと願うようになった。  1989年1月4日、監禁から41日目の午前6時半頃、Aは徹夜マージャンで10万円ほど負け、腹いせの対象をJさんに向けた。AはDの自宅に 立寄り、3人を誘ってCの部屋に入った。  小泉今日子の「なんてったてアイドル」の歌のリズムに合わせて、Jさんは3人に次々と殴られ、鼻や口から血を流し、血だらけの 状態となった。ロウソクに火をつけ、Jさんの顔にロウを垂らし、顔はロウだらけになった。  Dは普段はあまり暴行に加わっていなかったが、この日は最も激しく暴行を行っている。Jさんの肩や足にパンチを浴びせかけ、Aが渡した1.7キロ もある鉄球付きの鉄棒をJさんの腹の上に落とした。Aが暴力を振るうと、今度はB、C、Dが「ウケ」を狙って、面白半分に暴行を エスカレートさせていった。やがて、Jさんは身体を硬直し、ブルブルと痙攣し始めた。
 午前10時頃、リンチが終わり、AはJさんが逃げないようにガムテープでぐるぐる巻きにすると、4人はサウナに出かけた。しかし、 Jさんはもうすでに息絶えていた。

 翌5日朝、死体の処理に困った少年らは、死体を毛布で包み、旅行鞄に入れ近くの工場から盗んだドラム缶に鞄ごと入れセメントを 流し込んだ。午前8時頃、ドラム缶を海に投棄しようと江東区若洲15号地若洲海浜公園整備工場現場空地まで車を走らせたが、 怖くなり、その空地にドラム缶を投げ出し帰ってしまった。


逮捕
 1989年1月23日、AとBは1988年12月に足立区のホステス(当時19歳)を ホテルに連れ込み乱暴したとして逮捕された。 3月29日、鑑別所に収監されていたAが女子高生殺害の件を自供。
 4月1日、別の婦女暴行事件で逮捕され拘置されていたCが、女子高生コンクリ詰め殺人事件で再逮捕となる。 さらに、D、E、F、Gが逮捕された。


裁判
 1989年7月31日、A、B、C、Dの初公判が開かれた。BとCは障害致死を主張し、Aは殺意はなかったとしながらも 暴行を続けていれば死亡するという認識はあったとして、「未必の故意」を認めた。Aは初公判終了後、失神する 騒ぎを起こしている。
 検察側の論告求刑公判では、過去に例を見ないような厳しい言葉が並んだ。
「本件はわが国の犯罪史上においても希にみる重大かつ凶悪な犯罪」
「被告人らの動機には酌量の余地がない」
「およそ常識では考えることのできない凌辱の限りを尽くしている」



判決
 1990年5月21日、東京地裁はAに懲役17年、Bに同5〜10年、Cに6〜4年、Dに3〜4年を言い渡した。 検察側は、刑が軽すぎると控訴。

 1991年7月12日、東京高裁はAに懲役20年、Bに同5〜10年、Cに同5〜9年、Dに5〜7年の不定期刑を言い渡し、 E、F、Gは少年院に収容された。


再犯
 2004年7月3日に、知り合いの男性(当時27歳)を母親の経営するスナックに監禁「俺の女を取った」と 因縁をつけ5時間にわたり暴行を加えた、神作譲(旧姓・小倉 当時33歳)が監禁致傷で逮捕された。 この男は少年Bである。小倉はその際、その際、「俺は女を殺して10年懲役に行った」「あの事件で警察や検事を丸め込む方法を学んだ」などと言っていたという。
 小倉はこの事件で2005年に懲役4年が確定している。

 2013年1月、パチンコ必勝法の情報料名目で現金を騙し取る振り込め詐欺で横山裕史(旧姓・宮野 当時42歳) が逮捕された。この男は少年Aである。
 宮野は詐欺グループの受け子役で、完全黙秘を貫き1月31日不起訴処分となった。





追記
 本文では記載できなかったJさんが少年達から受けた凌辱・暴行を記載する。 少年達の残酷さと、それに対する判決が妥当かどうかを検討していただきたい。

◆陰毛を剃り、陰部にロケット花火の軸木を挿入して発射させる。
◆全裸にしてディスコの曲に合わせて踊らせ、自慰行為を強要される。
◆ゴキブリを食べさせられる。
◆性器や肛門に鉄棒、ビンなどを挿入される。
◆性器や肛門に入れたビンに釘を打ち肛門内、性器内で割られた。
◆両鼓膜が激しく傷ついており、最後のほうはほとんど音が聞こえていなかった。
◆小指の生爪を剥がされた。
◆左乳首はペンチのようなもので潰された。
◆顔面に蝋を垂らして顔一面を蝋で覆いつくし、両眼瞼に火のついたままの短くなった蝋燭を立てられた。
◆衰弱して自力で階下の便所へ行くこともできず飲料パックにした尿をストローで飲まされた。
◆鼻口部から出血し、崩れた火傷の傷から血膿が出、室内に飛び散るなど凄惨な状況となった。
◆素手では、血で手が汚れると考え、ビニール袋で拳を覆い、腹部、肩などを力まかせに数十回強打。
◆1.74kgのキックボクシング練習器で、ゴルフスイングの要領で力まかせに多数回殴打。
◆揮発性の高いジッポオイルなどを太腿部等に注ぎ、ライターで火を点ける。
◆固まった血で鼻が詰まり、口呼吸しかできなかった。
◆最初は手で火を消そうとするしぐさをしたものの、 やがてほとんど反応を示すこともなくなり、ぐったりとして横臥したままになった。
◆臨死状態の被害者をこんなの仮病とばかりに容赦ない殴打を浴びせた挙句に、ダンベルを1メートル以上の高さから腹部に向けて落とす。
◆逮捕された四人以外からも殴打を受けており、死後も殴られている。
◆遺体の乳房には数本の裁縫針が入っていた。
◆腸壁にも傷があった。
◆歯茎にまともに付いている歯は一本もなかった。
◆あまりのストレスに生前頭髪が抜け落ちていた。
◆遺体の性器には、オロナミンCの瓶が2本突き刺さっていた。
◆性器と肛門、顔面は完全に破壊され原型をとどめていなかった。
◆腕や足は、重度の火傷で体液が漏れ出していた。

 Jさんが監禁されていた間、Jさんに食事を与える役割を担っていたCの兄は、Jさんが監禁暴行を受けている41日間、 沈黙を通し普通に高校に通学していた。Cの兄は何の罪にも問われていない。




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