事件概要
平成10年1月24日、正幸さん(池上和子の夫)、平成11年3月28日、克さん(石井ヒト美の夫)がそれぞれ亡くなった。当初は病死として扱われていたが、医学的知識を悪用した4人の看護師による保険金殺人であった。
吉田純子
吉田純子は昭和34年に生まれ、福岡県の柳川で育った。堤美由紀とは小中学校と一緒だったが、この頃は、親しく話したことはほとんどなかった。
佐賀女子高等衛生看護科に進学した純子は、学校の仲良しグループのリーダーとなった。話が面白く友人を引き付けたが、そこには嘘も多く混じっていた。
純子が高校3年の時、友人が妊娠してしまい中絶費用が必要だとカンパを募った。しかし、友人が妊娠したというのは嘘で、純子は停学処分となり
系列校へ転校となった。その結果、純子は正看護師の資格取得過程に進学できずに、准看護師の免許で卒業することとなった。
純子は大阪の病院で働き始めるが、正看護師になる為、一年後、聖マリア看護師専門学校に入学する。そこで、後に共犯となる池上和子や石井ヒト美と
出会う。また、1年遅れて堤美由紀が入ってきて4人は仲良しグループとなったが、卒業するとそれぞれの道を進んだ。純子は聖マリア病院で研修中に
自衛官の男性と結婚している。
先生と支配
三女を身ごもっていた純子は、堤美由紀に電話し8年ぶりの再会を果たした。出産後、純子は堤美由紀の勤める大和病院で働き始め、総婦長に懇願し
美由紀と同じ病棟で働き始める。
親しくなっていくにつれて、美由紀は純子に何でも相談するようになる。美由紀は付き合っている男性が既婚者で、妊娠と中絶を繰り返すなど、
異性関係がうまくいってなかった。当時、美由紀が付き合っていたスナックのマスターも既婚者で、美由紀は関係を断とうとしていたが、しつこく
アパートにやってくる彼を、断り切れないでいた。
話を聞いた純子は、皇族に連なる方と親しい「先生」という存在をほのめかす。しばらくして「先生が全部始末してくれた」と純子は言った。
先生は純子が作り上げた架空の人物であるが、偶然にもマスターはアパートに来なくなり、美由紀は純子の話を信じた。
さらに、検察庁のトップと付き合いのある「先生」にはたくさんの側近がいて、身辺警護をしたりリサーチをしているなどとして、「先生」や「側近」からだ
という手紙を見せたり、リサーチの結果だとして、美由紀の預金残高を言い当てるなどして、美由紀に「先生」の存在を信じこませた。
また、純子は美由紀にマスターがヤクザを使って美由紀を拉致し、ソープで働かせる計画があると不安をあおり、自分のマンションに
住まわせた。
純子は、美由紀から二十万円を騙し取ったのを皮切りに、詐術を駆使してクレジットカードを取り上げ、勝手に彼女の金を使った。美由紀の病院の給与も
純子が管理するようなる。また、美由紀が交通事故を起こしたと称して、彼女の母親からも550万円を騙し取っている。
詐欺事件
純子に支配された美由紀は、やがて犯罪の片棒を担がせられることになる。看護師時代に親しくしていた石井ヒト美と純子は交遊を開始していた。
石井ヒト美は夫の浮気に悩んでいたが、夫の借金が原因で別居した。ヒト美は北九州市にマンションを持っていたがそれを1000万円で売り払い、実家に戻っていた。
そのお金に目を付けた純子は、興信所だと偽って、美由紀に電話をさせた。「付き合っていた女性からヒトミの夫は700万円を借りている。バックに厄介な連中がおり
清算しないとヒト美に災難が降りかかる。吉田純子が代理人になると言ってくれている」という幼稚な詐欺であるが、ヒト美はこれを信じ、純子に750万円を渡してしまった。
純子が次の標的にしたのは、看護学校時代の友人、池上和子である。池上和子は、設計会社に勤める男性と結婚して専業主婦となっていたが、時折純子に連絡をよこしていた。
和子は聖マリア病院時代に気に入らない准看護師をいじめていた。果ては、その准看護師の婚約者に悪口を吹き込み、破談に追い込んだ。純子はこの話を膨らませ、「准看護師は
和子を恨んでいて、損害賠償請求をしようとしている。バックには暴力団がいる」といい添えた。また、純子が和子宅を訪れている際に、ヒト美に不審な電話をさせるなどして信じ込ませ
合計2800万円を和子から巻き上げた。
平成9年、純子と美由紀は久留米市にある田丸川記念病院で働いていた。能力の高い美由紀は、二階病棟の主任看護師となっていた。
美由紀はその立場から、3月20日に同僚看護師が本来投与すべきでない患者にイントラリビットという薬品を点滴したという
ミスを知る。イントラリビットは栄養補給剤なので、誤って投与しても、ほとんど実害はない。実際、患者にも異常は生じなかった。
だが、美由紀から話を聞いた純子は、看護師から金を騙し取る事を思いつく。患者の家族から電話があったと言って看護師を喫茶店に呼び出し、純子は「500万くらいは払わないといけない。下手をすれば看護師の免許が取消になる。お金で済むのなら
そのほうがいいと思う」と言って500万円を騙し取った。また、4月にその患者が亡くなってしまった。ミスとは何の関係もないが、純子はこれにつけ込み、追加の500万円を騙し取り、さらに今後20年間、毎月4万円、ボーナス時には10万円を指定口座に
振り込むこと、と言う誓約書にサインをさせた。
純子と美由紀は一緒に高級エステの会員になったりもしたが、金を使うのはもっぱら純子のほうであった。何十万もする下着や高級エステ、旅行と際限なくお金を使いまくった。
第一の殺人
平成10年が開けると、純子は保険金殺人を考えるようになる。池上和子は純子に大金を巻き上げられていたが、問題を解決してくれたと感謝し、以前にも増して純子に様々なことを
相談していた。夫は浮気をしているのではないかと、和子は純子に相談する。和子の夫の正幸さんは愛妻家だったが、女性に人気があり心配になったのである。
純子は和子に「ご主人は愛人を囲っており、あなたと子供に5000万円の保険金をかけ、交通事故を装って殺そうとしている」
とありもしないことを吹き込んだ。和子は当初、離婚か別居を望んだが「あげん男、生きとる価値がなか」などと巧みに純子に誘導されて、殺すしかないと思うようになる。
純子は殺害前に和子の夫に掛けている生命保険の死亡時給付金が3500万円である事、受取人が和子となっている事を確認している。
殺害計画には、看護師としての知識が発揮された。血液検査でのコレステロール値が高いことに目をつけ、心臓疾患に見せかけるためにカリウムの値を上げようということになった。
カリウムの大量摂取は、心停止をもたらす。計画を練った翌日の1月10日から、和子は朝晩の食事にカリウム製剤を混ぜて与え始めるが、何の変化も現れない。そのため、睡眠剤を飲ませてカリウムのアンプルを注射する、と計画は変更された。
決行日の1月21日、和子は正幸さんに睡眠薬入りのビールを飲ませ、純子に連絡した。日付が変わった深夜零時すぎ、純子と美由紀が和子の家に入ってきた。純子と美由紀が見守る中、和子は正幸さんの足に注射器でアンプルを注入し始めた。
しかし、痛みを感じた正幸さんは、手で注射針を払いのけてしまう。エアーを入れてみようと純子は提案し、使い捨ての注射器に空気を注入したが、正幸さんは咳き込むばかり。この日の計画は断念した。
次は最初からエアーを注入で行うこととし、決行日は23日と決まった。和子は睡眠薬入りのビールを正幸さんに飲ませ、正幸さんが寝入ったのを見計らって和子は純子に連絡を行った。正幸さんの右腕にチューブを巻き、注射器の空気を入れきってから
抜いてはまた入れるという事を十五、六回ほど繰り返すと、鼾が静かな寝息に変わり、やがてそれも聞こえなくなり、午前6時頃、正幸さんは絶命した。純子と美由紀が引き上げると和子は119番通報し、救急車で運ばれた病院で、正幸さんの死亡が確認された。
2月29日、正幸さんの死亡保険金3498万円が和子の口座に振り込まれた。そのうちの3450万円を、正幸さんの借金返済に充てると騙して、純子が持ち帰った。
純子は日記に<本日、マネー、やっと念願、ヤッター、3450万円>と記している。
第二の殺人
膨れ上がっていた自分の借金を清算しても、有り余るほどの金を手に入れた純子であるが、純子の貯金は1年で底をつき始めた。そのため、純子は新たな標的を定めた。石井ヒト美である。
以前、ヒト美の夫(克さん)が浮気をしており、その処理の為と称して750万円を騙し取っていた。それ以来、ヒト美とは疎遠となっていたが、平成11年の新年、純子はヒト美に年賀状を送る。これをきっかけに
付き合いが再開し、夫と別居中のヒト美のもとを純子が頻繁に訪れるようになった。
2月下旬、純子はヒト美の家を訪れた。近況などたわいない事を話している時に、電話が鳴る。ヒト美が電話を取ると女性の声で「奥様とお話ししたいことがありまして」と言う。純子の指示で池上和子が電話をしていたのだが、ヒト美は夫の
浮気相手からの嫌がらせの電話と勘違いし動揺した。
純子は相談に乗るふりをし、和子に何度も電話をさせた。ヒト美がノイローゼになりかかった頃、純子は調べた結果なるものをヒト美に話した。浮気相手に貢ため、あちこちで人を騙して金を巻き上げ、その結果自殺者まで出ている。克さんはそんな
酷い男と吹き込み、克さんを抹殺するしかないと言う。結果、ヒト美は純子に殺害の誓約書まで書かせられた。
平成11年3月27日、長男の高校進学の手続きの事で話たいと、ヒト美は克さんを実家に呼び寄せた。睡眠剤入りのカレーを食べた克さんが眠り込み、午後10時頃、帽子を被りマスクをした、純子、美由紀、和子の3人が入ってきた。克さんの鼻から胃へと
チューブを通し、注射器でボトル二本分のウイスキーを流し込んだ。午前零時過ぎ、心臓が止まった事を確認すると、純子は克さんの顔を蹴り上げた。純子に促され、ヒト美も顔をけっている。
1時頃、ヒト美は119番通報をするが、救急車に運び込まれる祭に、克さんは息を吹き返した。その連絡を受けた純子は、エアーを打つようにと、注射器を持たせて和子を病院に向かわせたが、集中治療室で克さんは息を引き取った。
振り込まれた3250万円の保険金のすべてを純子は掌中にし、さらに殺害の報酬として、克さんの退職金から3000万円を受け取っている。
得た金の一部を頭金にして、純子は新しいマンションに引っ越した。また、純子は美由紀、ヒト美、和子に同じマンションを買わせ住まわせた。純子は3人の上に女王のように君臨し、身の回りのあらゆる世話を焼かせた。
殺人未遂
果てしない純子の金への妄執は、美由紀の実母に向かう。預金と保険金を奪おうというのである。実行役には石井ヒト美が選ばれた。糖尿病を患っている美由紀の実母にインシュリンを注射しようというのだ。大量のインシュリン投与で血糖値が急激に上がり死亡すれば
自然に見える。
平成12年5月29日、変装したヒト美が美由紀の実家に上がり込む。居間に通されたヒト美は、隙をみてインシュリンの入った注射を首に誘うとするが失敗。車に乗って逃げ帰った。
逮捕
次に純子は、ヒト美の実父名義の土地300坪に目を付けた。その土地を売りる事で夫の浮気で生じた借金の清算ができるとヒト美に持ちかけた。
ヒト美は、とうとう伯父に相談し、平成13年8月2日、久留米署に出頭する。この時は夫殺害のことは伏せ、夫の浮気処理で脅されている、と話した。
これを知り、純子は焦り、夫殺害の際にヒト美が書いた誓約書のコピーをファックスで送りつけたり、通勤の車のワイパーに挟むなどして脅したが、これは純子の望むのと逆の方向にヒト美を追い詰めた。
8月5日、ヒト美は伯父に伴われて、再び久留米署に出頭。夫殺害を自白した。
福岡県警は水面下で操作を進め、容疑が固まった平成14年4月17日、吉田純子、堤美由紀、池上和子を逮捕した。石井ヒト美は直前に自殺未遂を起こしたため、21日に逮捕されている。
裁判
拘置所の中で純子は、配膳係を通じてかつての配下に手紙を出し、己の罪を軽くしようと偽証をするよう求めたが、これは発覚し、裁判での心証を悪くした。
平成22年3月18日、最高裁判所にて、吉田純子の死刑が確定した。
平成28年3月25日執行。享年56
純子以外の刑は以下の通り。
堤美由紀:無期懲役
池上和子:拘置所で病死
石井ヒト美:懲役17年
<参考資料>
・黒い看護婦―福岡四人組保険金連続殺人 (新潮文庫)
・女性死刑囚―十三人の黒い履歴書 深笛義也 (著) (鹿砦社)